直感力を高める 数学脳の作り方 バーバラ・オークリー ②
イギリスの文豪であるチャールズ・ディケンズやジェイン・オースティンなど、または哲学者であるカントやルソー、ニーチェなど、創造的な仕事をした偉人は散歩を日課にしている人が多いです。
その散歩中に偉人たちは重要なアイデアや着想がひらめいたということはよく知られています。
これも前回に話した「拡散モード」への移行によって、創造的なアイデアが出てくるということなのです。
このような偉人たちのほとんどはそうなのですが、特にカントは、彼が散歩をして通りを歩いていると、それを見て周りの人は時計の針を直したと言われるほど、毎日規則正しい生活をしていたようです。
一見、このようなルーティンは独創性とは正反対のように思われますが、実はルーティンだからこそ創造的になりやすいのです。
人とは違った発想をするために、人とは違った経験をしたほうが良いと考えるかもしれません。
確かに、それはその通りでしょう。
しかし、人とは違った体験や経験をするには、毎日違った、波乱万丈な、変化の起伏の激しいライフスタイルを渇望し行動する必要はなく、むしろ決まりきったルーティンをするほうが良いのです。
なぜなら、いつも変化を求めていくライフスタイルでは、自分の生活が飽きないように行動すると思うのですが、「生活が飽きないようにする」ということ自体が定型化されてしまうからです。
要するに、変化を求める人というのは、その一つ一つの行動に「すぐ飽きてしまう」という性格を持っているのです。
すぐ飽きてしまうから大きな変化を求めるのです。
そして、「すぐ飽きてしまう」ということは、その経験自体を深く自分のものにしたり、血肉化したりできないということではないでしょうか。
逆に、カントのように決まりきったルーティンをする人は、同じことをしていても微妙にいつもと違うことを感じ取ることができます。
全く同じ一日ということはもちろんないのですから、その中で差異を見つけることができるのです。
同じことを繰り返しているからこそ、違いがわかるのです。
一方、変化にとんだ生活を熱望する人は、もとになる対象がないため、それぞれの差異が判別しづらく、変化に鈍感になるのではないでしょうか。
さて、「集中モード」と「拡散モード」のお話でした。
創造的な仕事をした偉人は散歩を日課としていることが多く、その散歩中に重要な着想を得ていました。
著者は言います。
『集中モードから拡散モードへの移行はごく自然に起こる。たとえば、数学や科学の勉強にひとくぎりつけて散歩やうたた寝をしたり、ジムで運動したりと気晴らしをしているうちに集中モードから拡散モードへ移っていく。あるいは、音楽を聴いたり、スペイン語の動詞を活用させたり、ペットのハムスターのケージを掃除したりすると集中モードの時とは違う脳部位が関わることになるため、拡散モードに転じやすい。コツは、脳がとりたてて考えないようになるまで別の作業をすることだ。一般に集中モードから拡散モードに映るには数時間かかる。そんなに時間が取れなければ、奥の手を使おう。別の課題に焦点を切り替えて取り組み、リラックス・タイムをしばし挟むのである。こうすれば、拡散モードの状態に入っていく。』
拡散モードに入るコツは、何かに集中してその後にそれを考えなくなるまで別のことをすることです。
散歩をしたり、コーヒーを飲んだり、掃除をしたり、ご飯をつくったり、音楽を聴いたり、できればあまりそのことに集中しなくてもいいような、リラックスできて、身体を動かす方法が良いようです。
家事はとてもいいのではないでしょうか。
家の中がきれいになり、物が片付いたことで気持ちがすっきりし、思考も拡散モードにはいてくれます。
昼寝をするのも拡散モードの移行にはいいようです。
トーマス・エジソンは厄介な問題にぶつかるとうたた寝をしたと言われます。
椅子に座って床に皿を置き、ボールを手に持ったまま目を瞑るのです。
リラックスして今まさに眠りに付こうかというときに、手からボールが離れ皿にぶつかる。
大きな音を立ててボールと皿がぶつかったときにエジソンは目を覚まし、拡散モードで得た思考を拾い集め新たな取り組み方を練り上げたのです。
画家のサルバドール・ダリも同じようなことをしています。
彼も椅子に座り手の間にスプーンを挟んでそれが落ちる音で目を覚まし、拡散モード時の新たな視点を手に入れ、創造的な仕事をしました。
散歩、家事、うたた寝は拡散モードへの移行ツールなのです。
もちろん、その前段階の集中モードは非常に大事です。
しかし何時間もずっと集中するのは効率が悪いのです。
それは全速力で走っているようなもので、時には休憩を入れないとスピードが落ちてしまいます。
集中も同じで、時には短い休憩を入れないと、精神だけが消耗して集中は途切れてしまいます。
著者は書いています。
『何よりもまず問題を理解するには、集中モードの力を借りなければならない。そのためには十分な「注意」が不可欠であり、問題に最大限意識を集めて考える。この種の思考に必要な精神エネルギーである自制心はたっぷりあるわけではない。エネルギーが少なくなると、数学の勉強は中断して急にフランス語の語彙を覚え始めるというように別の集中型の課題に飛び移るかもしれない。しかし、集中モードが長引くほど精神的エネルギーは乏しくなる。脳のウエイトリフティングを長々と続けているようなもので、エネルギーは枯渇寸前だ。そういう時には集中するのをやめて運動したり、友人と話したりするなど短い休憩を挟んで拡散モードに移ると気分が一新する。』