直感力を高める 数学脳の作り方 バーバラ・オークリー ④

では、今回は記憶力の高め方です。

何かを記憶するとき、私たちはただ単にその何かを写真を撮ったように記憶するのではなく、要約したり、抽象化したり、概念化したりします。

例えば本を読んだとして、後日それを思い出そうとするとき、文章の一行一行を覚えていることはなく、「こんなことが書いてあったな」とか「違うあの本と同じようなことが書いてあったな」とか、重要なことや関係性をフックに記憶に残すようになります。

このような情報のことを、著者は「チャンク」と言っています。

『「チャンク」とは、一見ばらばらの情報を意味や類似性などの点から結び付けた情報のまとまりを指す。』

本書のように数学や科学を習得する場合はもちろん、語学や経済学や会社で業務を遂行するときなど、日常のあらゆる場面でこの「チャンク」は重要で使われています。

「チャンク」ができないというのは、例えば何かを勉強するとき、円周率のような意味のない数字の羅列を単に暗記していくようなものです。

その数字の羅列は一つ一つ独立していて、意味のあるものに見えず、興味を失ってしまうでしょう。

ですが、「チャンク」を効率よく使うというのは、円周率を語呂合わせで覚えたり、物語で関係づけて覚えたりするようなもので、それらを一つのまとまった意味のあるものにしていくことです。

何かと関係づけたり、抽象化したりすることによって、物事は記憶に刻まれ、そして使えるようになるのです。

 では、そのチャンクにする方法、つまりチャンキングとはどうすれば良いのでしょうか。

著者は3段階の方法を述べています。

『チャンキングの第一段階は、チャンクにしたい基本概念に注意を集中させることである。第二段階は、チャンクにしたい基本概念を理解することだ。第三段階は、作成したチャンクの利用法だけでなく、どんな時にそのチャンクを使えるのか確認することである。』

 第一段階は、チャンクにしたい基本概念に注意を集中させること。

当然のことですが、集中しないことには覚えられません。

何かをチャンクにするということは、つまり自分の中に今までなかった概念や構造を習得するということなので、片手間でできるものではありません。

 第二段階は、チャンクにしたい基本概念を理解することです。

これも当然ですが、理解しないとチャンクにはできません。

ただ、難しい概念を理解するのはなかなか手間取るものですが、これまでに述べた「集中モード」と「拡散モード」を上手く使えば、通常よりはより早く、より理解できるでしょう。

 第三段階は、作成したチャンクの利用法だけでなく、どんな時にそのチャンクを使えるのか確認すること。

これは重要なことで、何かのチャンクや概念を他に応用できないか、それも全く異なる他分野に応用できないかを考えるのです。

このある概念を全く異なるものに結びつけるというのは、歴史に名を連ねた偉人が多くのアイデアや発想を生み出し、イノベーションを起こした源泉なのです。

また、どんな時にそのチャンクが使えるかもそうですが、どういう場合に利用できないかも知ることになり、それを知ることによって、そのチャンクの全体像の中の位置づけがわかるようになります。

全体像の中の位置づけがわかるということは、それを理解したということと同じ意味になります。

 「チャンク」と関係して、著者は記憶力を高める方法も述べています。

ジョシュア・フォアというジャーナリストがいました。

彼は記憶に関しては、いたって普通の人でした。

私たちと同じように車のキーをどこに置いたか思い出せないこともあるし、恋人の誕生日も忘れてしまうし、温めようと思ってオーブンに入れた食べ物を忘れることもありました。

しかし、彼はそのようなよくあることに思い悩みました。

そのような物忘れやうっかりは私たちによくあることですが、彼はそれに対して非常に不満だったのです。

ある日、ジャーナリストとして、彼は記憶力の達人に取材しました。

話を聞いていると、その達人は以前までは記憶力は平凡だったと回想し、自分が使っている方法は誰にでもできることだと言うことでした。

彼はそれならと思い、その方法を教えてもらい練習に励みました。

2006年のある日、全米記憶力選手権があるということで、取材もかねて出場してみよう思い立ちました。

「まあ、すぐに敗退すると思うけど、選手として出場することで、外部からではなく内側からも取材をしてみよう」とそんな風に思ったのでしょう。

その結果、自分でも驚くことに決勝戦まで勝ち進んでしまい、なんと優勝してしまいました。

 彼が記憶の達人に教えてもらい、練習し試した方法とは一体どんなものだったのでしょうか。

全米記憶力選手権で優勝してしまうほどの方法とはどんなものなのでしょう。

それは、「視空間記憶」を使うということです。

引用します。

『人は生まれながら優れた視空間記憶システムを備えている。(視空間記憶とは視覚系によって知覚される対象やその位置についての記憶を言う)。このシステムを利用した楽しくて覚えやすい方法であれば、反復一辺倒で情報を脳裏に焼き付ける必要はない。それどころか、記憶したい情報を見たり、感じ取ったり、聞いたりすることができるようになる。しかも、この方法では体系的に検索(想起)できるよう情報をいくつかのグループにまとめて覚えるため、作動記憶に負担を掛けず、長期記憶を強化することができる。(略)今も昔も記憶の達人が活用してきたのが、この生来の抜群の視空間記憶力である。』

ではどのようにするのでしょうか。

簡単に言えば、記憶したいことを視覚的に見えるように心の中で映し出すのです。

視覚にそのまま投影するのが難しい物事であれば、語呂合わせを使ったり、連想するものをイメージにしたりします。

 著者は具体的な方法を述べています。

『たとえば、物体の質量(m)に及ぼす力(F)と加速度(a)の関係を示したイギリスの物理学者・数学者アイザック・ニュートンの「運動の第二法則」F=maがある。

この場合Fは飛ぶ(flying)、mはラバ(mule)、aは空気(air)と考え、加速度を受けて「空を飛ぶラバを思い描く。(略)五感を刺激するイメージであれば、感覚を呼び起こすことで概念とその意味をやすやすと思いだす。空を飛ぶラバの場合、加速度を受けて飛んでいくラバが見えるだけでなく、ラバのにおいをかいで、ラバと同じように風圧を感じ取り、ぴゅーぴゅーとなる風の音も聞こえるだろう。」

このように五感をできるだけ使って、視覚的にイメージすることで、ジョシュア・フォアは記憶力選手権で優勝したのです。

また、記憶の宮殿という方法もあります。

この方法は、宮殿、または家の中に覚えたいことを次々と視覚的に配置させ、その宮殿をねり歩くというイメージを持つものです。

これは買い物リストなど、あまり関連のないものを覚えるのに非常に便利です。

著者は書いています。

『自宅の玄関に入ると巨大な牛乳瓶が出迎えるし、パンはソファにポトンと落ち、卵は割れて中身がコーヒーテーブルの端からぽたぽた滴り落ちている。このように覚えておきたい概念を非常にわかりやすいイメージにして勝手知ったる場所を歩き回りながらイメージを収めていくのがコツである。』

巨大にすることと玄関という場所で牛乳瓶を視覚的に見えるようにし、パンはソファで落ちる音まで聞こえ、卵は割れているという感情を刺激する。

そのような自分で作ったイメージの中を歩くという体感をすれば、ただ単に牛乳とパンと卵を買うということを記憶するより、ずっと覚えやすいでしょう。

それ単体だけで記憶するのは困難ですが、何かをくっつけ、五感を刺激し、情報を増やすことで、逆説的に聞こえますが記憶に残りやすくなります。

 本書はこのような具体的な方法がいくつも述べられています。

今日からでも、すぐに使える方法です。

効果的な学習の10のルールというものも述べられているので、最後に挙げておきます。

『1、思い出す。2、自分をテストしてみる。3、解法をチャンクにする。4、間隔反復を試す。5、複数の解法で練習する。6、休憩をとる。7、わかりやすい説明と比喩の効果を利用する。8、集中する。9、厄介な課題から手を付け始める。10、メンタル・コントラスティングで活を入れる。』

 詳しくは本書をお読みください。