知的複眼思考法 苅谷剛彦 ①

本書は「自分の頭で考える」ための思考法の本です。

本書を読めば、次のようなことを学ぶことができます。

『自分なりの考えを、きちんと自分のことばで表現できるようになる。論理的に筋道の通った考えを展開することができる。人の意見を簡単に受け入れてしまわずに、批判的に捉えなおすことができる。』

そのような思考法を学びたい方にお勧めできる本です。

よく「自分の頭で考えろ」とか「自分で考える力を身に付けよう」とか言われますが、では具体的にどのようにすれば「自分の頭で考えれるようになるのか」は誰も教えてくれません。

そのような有益なことは人に教えるのはもったいないと考えているのでしょうか。

それとも彼ら自身も本当のところはわかっていないのでしょうか。

どうすればいいのかと質問しても、それを考えるのが「自分の頭で考える」ことだ、と言って逃げられるか、口ごもって結局何も答えてくれません。

彼らとは違い、本書は「自分で考える」方法を具体的にわかりやすく書かれている本です。

その具体的なわかりやすい方法が、知的複眼思考法です。

 では、今回話す内容をはじめに伝えておきます。

一つ目は、知的複眼思考法とはどういうものなのか。

二つ目は、創造的読書で思考力を鍛える。

三つ目は、著者と対等の立場に立つ。

四つ目は、本を批判的に読むです。

それぞれ解説していきます。

 では、まず一つ目、知的複眼思考法とはどのようなものなのでしょうか。

まずはその逆、複眼ではなく単眼思考を見てみましょう。

単眼思考とは、『ありきたりの常識や紋切り型の決まり文句、つまりステレオタイプ』にとらわれた考え方のことです。

世の中には「情報化社会だから」とか「今はプログラミングのスキルが必要だ」とか、あるいは「これは決められたルールだから」とか「そんなことは前例がないから」とか、そのような紋切り型の決まり文句があふれています。

そのような決まり文句に出会ったとき、私たちはそれについて深く考えることはなしに、「そんなものかなあ」、「ああ、そうか」と反応してしまいます。

それらにしっかりした事実や根拠がなくても、その決まり文句を自分に照らし合わせて捉えなおしをせずに反射的に受け取ってしまうのです。

そのような反応こそ、「自分の頭で考えなくなる」要素であり、それは一方のみしか見ない、単眼思考というものなのです。

単眼思考を続ける弊害は、物事のほかの側面が見れなくなり、自分で考えることができなくなることです。

 それに引き換え知的複眼思考は次のようなことです。

『情報を正確に読み取る力。物事の論理の筋道を追う力。受け取った情報を基に、自分の論理をきちんと組み立てられる力。こうした基本的な考える力を基礎にして、常識にとらわれずに、自分の頭で考えていくこと』

 そのようなものが、知的複眼思考法です。

では、二つ目「創造的読書で思考力を鍛える」です。

現代では、知識や情報を得るためには本以外にも様々なものがあります。

テレビやブログやツイッターや、このYouTubeなど、むしろ本より数段早く、しかも手軽に知識や情報を得ることができます。

しかし、本でなければ得られないものがあります。

それは知識の獲得の過程を通じて、じっくりと考える機会を得ることです。

つまり、考える力を養うための情報や知識との格闘の時間を与えてくれるということです。

 本では、読み手のペースに合わせて、じっくりと内容を追っていくことができます。

じっくりと内容を追っていくことができるというのは、「行間を読んだり」、「議論の進め方をたどったり」、「これまで読んだところを、もう一度読み返したり」する時間が与えられるということです。

このようにじっくりと考えていくことができるということは、例えばもっともらしいセリフに出会っても、話しているときとは違い、「本当かな」と考えることができます。

もっともらしさやありきたりな文句などを疑ってかかる余裕が、本では得られるのです。

つまり、このような「常識」を疑ってかかる複眼的思考を身に付けるうえで、こうした本は格好のトレーニングとなるのです。

もちろん、テレビやYouTubeが無駄というわけではありません。

特にYouTubeは本の内容を復習したり、本質だけを勉強したりなど、効率的なメディアであるのです。

 次に三つ目、著者と対等の立場に立つ、です。

 皆さんは本を読むときに、著者と自分との関係とはどのようなものでしょうか。

著者の論理に批判的に読むという人もいるかと思います。

逆に、まずは著者の考えを批判せずにそのまま呑み込んで、それから批評していくという考え方もあります。

本書では著者との関係は「対等の立場に立つ」ことが重要だと言っています。

では、「対等の立場に立つ」とは一体どういうことなのでしょうか。

著者はそれを理解してもらうために、「私の決断」という題名で400字ほどの作文を書いてもらうように述べています。

まあ、題名は何でもいいのですが、作文を書いたときの最後の仕上がった文は、一番初めに書いた文とはいくらか違ったものになっているでしょう。

皆さんも現在まで沢山文章を書いてきたと思いますので、一度そのことを思い出してみてください。

その時、「この表現はやめよう」とか「あまりプライベートなものは出さないようにしよう」とか、「ここはもう少し具体的に書こう」とか、いろいろ削ったり付け加えたりしているはずです。

そのような削ったり付け加えたりを何度かして、これまで文章を書いてきたと思います。

私たちが読書をするときの本も、同じように推敲され、削られ、付け加えられています。

そして、その削られ付け加えられた文は、私たちの手元に届く本の中には跡形もなく消え去られてしまっています。

私たちはそのような完成品を読んでいるのです。

そこに至るまでに、他の文章になる可能性を切り取られ、今ある形を選び取った著者の試行錯誤があります。

そのような迷ったり、悩んだり、付け加えたり、削られたりした書くプロセスを考えると、私たちが手に取る本は完成品としてみる見方から、また別の視点が見えてきます。

 では引用します。

『このように活字として書かれたものを捉えなおすと、本の著者との「つきあい」も変わってきます。漫然と著者の言うままに、その通りに文章をなぞるように読むのではない。「他の文章になる可能性のあったもの」として目の前の活字を追っていく。つまり、「私だったらこう書いたかもしれない」とか、「どうして著者はここで、こんなことを書いているのか』を考えながら、文章を読んでいく。」

「なぜこう書かずに、著者はこっちを選び取ったのか」と考えて読んでいく。

それはリズムが良かったからかもしれませんし、著者の癖が出ているのかもしれません。

しかし、そこにはもしかすると著者の間違った前提や、常識、紋切り型の決まり文句が含まれているかかもしれません。

また、論理不整合なところや、根拠としたデータの不正確さ、飛躍した文章などが含まれているのかもしれません。

そのような様々な可能性のうちの一つとして、今ある文章が出来上がっているのではないかと考えます。

これが「著者と対等の立場に立つ」ということです。

『こうした著者との関係を築くことは、複眼思考を身に付けるうえでの基本的な姿勢になります。というのも、相手の言い分をそのまま素直に受け入れてしまうのではなく、ちょっと立ち止まって考える習慣が身に付くようになるからです。』

 最後に四つ目、本を批判的に読む、です。

このような、本の基本的な姿勢を身に付けた後に、次は批判的に読むということが重要になります。

ここで「批判的」という言葉を説明しておきます。

これは何か攻撃的な、本をはじめから非難するような気持で読むということではありません。

『著者の思考の過程をきちんと吟味しながら読もうとすることです。そのまま鵜吞みにするのではない、そういう態度を以て本に接する。そして、できる限り、書き手の論理の進め方を他の可能性も含めて検討していく。』ということです。

 本書では批判的な読書法について20のチェックリストが挙げられています。

これはアメリカの大学で使われている批判的読書法のテキストを日本向けにアレンジしたものだそうです。

その中から特に重要なものを挙げていきます。

 はじめに「眉に唾して本を読む」です。

本に書いてあることを「本当にそうなのか」、「根拠となるデータは実際に正しいのか」などそのまま信じないで読むということです。

書き手ももちろん間違うことがありますし、気づかないところで論理の飛躍があるかもしれません。

あまり謙虚にならずに本を読むことです。

 2つ目は、「著者の狙いをつかむ」です。

著者は何か目的があってその本を書いています。

その目的は明確に書かれていない場合もありますが、それを意識しながら読んでいきます。

またその目的が十分に果たされているのかもチェックすることです。

 3つ目は、「論理を追う」です。

論理の飛躍がないか、根拠となるデータが間違っていないか、統計や数字は正しいのか、考えながら読みます。

また、もっともらしいたとえ話や難解な術後に騙されないことです。

そして、流行り言葉や決まり文句も要注意です。

それらの言葉の響きだけで、なんとなくわかった気になってしまいます。

それがどういう意味を持つのか、どのような考えを述べているのかを掴むことです。

 4つ目は、「著者の前提を探る」です。

『著者が知らず知らずのうちに文章に忍び込ませている前提は何か。暗黙のうちに伝えようとしているメッセージは何か。著者が直接書かずに与えている印象と、実際に書いている事柄を区別して読み取ることが大切です。』

 これらの批判的読書法のうち、3つ目の「論理を追う」と4つ目の「著者の前提を探る」はとても重要なので、詳しく探っていきたいと思います。

 本書はこの章の最後に、この批判的読書法を使って、実際に新聞に書かれた文書をどうやって批判的に読めばいいか具体的に考察しています。

これは新たな視点が得られて、一読の価値ありです。

 

すごい物理学入門 カルロ・ロヴェッリ ②

では、今回は量子力学です。

量子力学は1900年に誕生したと言われています。 

 著者の言葉を引用します。

『ドイツの物理学者であるマックス・プランクが、熱した箱の内部で安定した平衡状態にある光を計測しました。その際に、プランクはちょっとした工夫をしました。場のエネルギーが「量子」、つまり小さなエネルギーの固まりとなって分散していると仮定したのです。』

プランクは計算しやすくするために、この「量子」という小さなエネルギーの固まりを仮定しました。

実際は、光は滑らかな流動体のようなものと考えていましたが、プランクは単に計算しやすくするために「量子」を仮定したのです。

本来は滑らかなものを、固まりとして、とりあえず想定した。

しかし、これが彼にとって驚きを与える結果となったのです。

この仮定で計算した結果が、実際に計測した値と完璧に一致したのです。

普通なら、当然、誤差が出るはずです。

滑らかな流動体と固まりは全く異なるものなのですから。

しかし、「量子」という固まりに仮定をしたらぴったりと一致してしまった。

このことを、どう考えればいいのかプランクはわかりませんでした。

 この問題を解決したのはまたもやアインシュタインです。

アインシュタインは光が粒でできていることを示しました。

これを「光子」と呼びます。

アインシュタインの「光量子仮説」を引用します。

『私が思うに、光ルミネセンスや、紫外線による陰極線の生成、箱の内部から発生する電磁放射線など、光の生成と変換にかかわる現象の観測結果は、光のエネルギーが空間内に不連続に散らばっていると考えたほうが理解しやすいのではないだろうか。ここでは、光線のエネルギーが、空間の中に連続的に配分されているのではなく、空間の中にとびとびに存在する有限個の《エネルギー量子》を構成し、それ以上分かれることなく運動し、それぞれの集まりとして生産され足り吸収されたりしているのではないかという仮説について考察する。』

アインシュタインは、光のエネルギーは水のようにその空間になめらかに分布しているのではなく、不連続に固まりとして散らばっていると考えました。

そして、そのエネルギーは固まりであるから有限なのであり、生産されたり吸収されたりするものだと考えました。

この仮説に基づき、アインシュタインは光のエネルギーの固まりを計算式で示しました。

こうして、プランクの仮説をアインシュタインが発展させたのです。

 それから、このアインシュタインの理論にも、さらに発展があります。

発展させたのはデンマークの物理学者であるニールス・ボーアで、彼は光のエネルギーだけではなく、電子のエネルギーもまた固まりであると考えました。

 では、引用します。

『1910年から20年代にかけて、量子論の発展の中心的な役割を担ったのは、デンマーク理論物理学者、ニールス・ボーアでした。彼は、原子の内部における電子のエネルギーもまた、光のエネルギーと同様に量子化された値しか持ちえないことを突き止めました。つまり電子は、原子の軌道上を一点から別の一点へと、エネルギー量とともに跳ぶことがわかったのです。跳ぶ際に、光子を一つ放出するか、または吸収します。これが、「量子跳躍」として知られている現象です。』

 ニールス・ボーアは電子のエネルギーもまた、光と同じく固まりでできていると考えました。

そして今までは、電子は原子核の周りを回っていると考えられていましたが、ニールス・ボーアによると、電子は原子核の周りを、ある軌道から別の軌道へと飛び跳ねているのです。

ぐるぐると回っているのではなく、特定の軌道だけを跳んでいるのです。

このような仮説を立てると、「スペクトル」と呼ばれる光を分解した波長のようなものの謎が、合理的に説明できるようになりました。

 このように量子論は1900年代初頭に発展していきますが、この量子論の方程式を最初に考えだしたのはドイツのヴェルナー・ハイゼンベルクです。

その発想は驚くべきものでありました。

 引用します。

ハイゼンベルクは、電子というものは、常にそこに存在しているわけではないと考えました。電子は、誰かが見ているときにだけ存在する、つまり、何か別のものと相互に作用しあうときにだけ存在すると考えたのです。』

電子は空間内に常に存在しているわけでなく、何か別のものと作用しあうときにだけ存在する。

電子単体では存在しているわけではない。

何かと関係性をもって初めて、電子は存在すると考えました。

何かと電子がぶつかり合うときにだけ、物質として存在すると考えるのです。

『つまり、電子というのは、一つの状態から別の状態への跳躍という、相互作用の集合体ということができるでしょう。電子は、誰とも関わり合いを持たない時には、決まった場所にあるわけではありません。場所を占めてはいないのです。』

電子は静止しているということがない。

一つの状態から別の状態への跳躍、つまり「量子跳躍」ということ自体が、電子というものの存在なのです。

『一つの状態から別の状態へと移る物質のこうした跳躍は、予測可能な形で現れるのではなく、偶然に起こるものです。電子が次にどこに合わられるのかを予測することは不可能で、私たちには、そこやここに表れる確率を計算することしかできません。』

 現代の私たちにとってもとても信じられないと思われるようなこの話は、アインシュタインでさえ信じられませんでした。

アインシュタインは世界の根本にかかわる重大な発見をしたとして、ハイゼンベルグノーベル物理学賞の候補に推薦しますが、一方でそんな説明ではさっぱりわからないと言っていました。

考え方としては認めていましたが、理論としてはまだ不十分だとアインシュタインは思っていました。

その理論は、より論理的な説明が可能であると考えていたのです。

2人の考えを簡単に整理すると、

アインシュタインの考えでは、「客観的な現実というものはある」ということになります。

一方、ハイゼンベルグは言ってしまえば客観的というものはないか、主観的、客観的という2項対立以外の現実があると考えたのです。

 著者は書いています。

『それから一世紀が経過した今でも、状況はあまり変化していません。量子力学の方程式とその成果は、様々な分野で、物理学者やエンジニア、化学者や生物学者によって利用されています。(略)それでも、いまだに謎めいたままです。というのも、一つの物理系に起こることを記述したものではなく、一つの物理系が、別の物理系によってどのように捉えられるかだけを記述したものだからです。

 つまり、どういうことでしょうか。一つの物理系における本質的な現実は描写が不可能だということでしょうか。それとも、物語の一部が欠けているということなのでしょうか。あるいは、現実というものは相互作用でしかないという考え方を受け入れなければならないのでしょうか。私は、後者だと考えています。』

すごい物理学入門 カルロ・ロヴェッリ ①

本書は現代物理学について、あまり知識のない、または全く知らない人のために書かれた本です。

今まで物理学に縁のなかった人や、理解しようとしたけど挫折した人、そのような人にとって最初の一歩にしやすい、わかりやすい本です。

どんな学問でもそうですが、初学者はそれらの個々の問題についていきなり入っていくと挫折しやすいですが、まずは大まかな全体像を把握して、それから個々の問題を全体から位置づけて考えると理解しやすくなります。

哲学を学ぶのに、いきなりヘーゲルニーチェハイデガーの個別の思想を学ぶのではなく、哲学がどのように生まれ、否定されてきたかを哲学史からまずは学ぶほうが関係性が読み取れ把握しやすいのと同じです。

現代物理学についての哲学史のような本が、この「すごい物理学入門」です。

ここから物理学を大まかに理解すれば、一般相対性理論量子力学などの個々の問題に深く入っていきやすいでしょう。

今回は本書を3回に分けて紹介していきます。

さて、原著を直訳すると「七つの短い物理の授業」となります。

物理学の入門書なので、「短い」というのがポイントです。

あまり長すぎると、初めて学ぶにはとてもついていけません。

本書は現代物理学を簡潔に、わかりやすく、なによりも面白く読ませることに力を入れていることが伺えます。

 著者はイタリアのヴェローナ生まれ、専門は「ループ量子重力理論」という、『「一般相対性理論」と「量子力学」を統合しようとする試の一つ』です。

この「すごい物理学入門」はイタリアはもちろん、欧米各国でベストセラーになり、この本の内容をさらに突っ込んだ「すごい物理学講義」という本も出しています。

哲学や文学にも精通していて、詩的な文学的な筆致ですが、実際にイタリアで「メルク・セローノ文学賞」と「ガリレオ文学賞」を受賞しているのです。

 さて、本書の内容に入っていきます。

まずは本書の第一章である一般相対性理論です。

一般相対性理論といえば、もちろんアインシュタインです。

一般相対性理論が発表される10年前、1905年にアインシュタイン特殊相対性理論などの論文を発表して一躍時の人となりました。

この「特殊相対性理論」は『時間というものは必ずしも誰にとっても同じように経過するわけではない』ということを明らかにしたものです。

実際、一緒に生まれた双子であっても、山の上に住んでいる人と、海の近くで住んでいる人では、長い年月が経つと年齢が異なってきます。

同じ双子であっても何らかの状況が違ったら、時間の進み方も変わってくるのです。

不思議な話ですが、そのように証明されています。

ただ、アインシュタインはこの「特殊相対性理論」に不満がありました。

引用します。

『重力について、つまり物体がどのようにして落下するのかについて、それまで一般に知られていたこととは相いれない矛盾があったからです。相対性理論に関してまとめられた記事を書く中でそのことに気づいたアインシュタインは、物理学の父と呼ばれるニュートンの提唱した厳然たる「万有引力の法則」さえも見直し、新たな相対性理論とつじつまが合うようにする必要があると考えました。』

特殊相対性理論」で時間については明らかにできたのですが、重力については納得できないところがありました。

そこでアインシュタインは十年という歳月をかけ、遂に1915年「一般相対性理論」という新しい重力理論を完成させます。

あまりにも素晴らしい論文だったため「現存する物理学の理論の中で最も美しい理論」とロシアの物理学者レフ・ランダウによって称賛されることになります。

 では「一般相対性理論」どのようなものでしょうか。

一般相対性理論」は新しい重力の理論ですので、まずはそれまでの重力理論を見ていきましょう。

初めにニュートンがいます。

ニュートンは『物体がなぜ落下するのか、そして惑星がなぜ回転するのかを説明しようと試みました。』

これはご存じのように「万有引力の法則」で、その名の通り全ての物体は互いにひきつけ合う力を持っている、つまり引力があると考えました。

ですが、その引力がなぜ何もない空間で働くのか、それは解明されませんでした。

空間には何もないのに、なぜ引力が働いて物体同士がひきつけ合うのか、その謎は残ったままでした。

何もない空間に力が働いているというのは、それは目に見えなく手で触れられないだけで本当は何かあるのではないか、と考えました。

 それから150年ほど経ち、イギリスの物理学者であるファラデーとマクスウェルが、その空間内に「電磁場」と呼ばれる要素を付け加えました。

この本の著者によりますと、

『電磁場というのは、どこにでも広がっている実際に存在するものであり、電磁場となって空間を満たしています。それは湖面に広がる波のように振動や波動を起こし、電気エネルギーを「あちこちに運ぶ」ことができると考えられたのです。』

 空間内に電磁場というものがあり、電気エネルギーを運ぶことができます。

それは目に見えないし手で触れることもできませんが、実際にあることが証明され、数式により電磁場の性質が示されました。

アインシュタインはここで考えました。

空間の中に電磁場があるのなら、重力場というものも存在するのではないかと。

アインシュタインはそう思い、ここで天才的なアイデアコペルニクス的発想が生まれます。

それは『重力場は空間の中に広がっているのではなく、重力場こそが空間そのものなのだと考えたのです。これが、一般相対性理論の概略です。』

 電磁場のように空間内に重力場が広がっているのではなく、重力場そのものを私たちは空間と言っていたのだ、ということです。

重力場と空間はイコールです。

そうなると、空間というものは「何もないもの」ではなく、「物質的な要素」のものであり、波のように揺れたり、ゆがんだり、曲がったりすることがわかりました。

空間は木や水や椅子やコップなどと同じ「物質的な要素」を持つもので、平面なのではなくゆがんだり曲がったりします。

 ここでニュートンの「万有引力の法則」が見直されました。

木からリンゴが落ちるのは引力があるからだというのが、ニュートンが発見した法則です。

ですが、アインシュタインは、リンゴが落下するのは引力があるからというよりは、空間がゆがんでいるからリンゴが落下するのだ、と考えました。

空間のゆがみによって、私たちの目にはリンゴが落下するように見えるのだ、と考えました。

そして地球が太陽の周りを回っているのも、引力によって引き付けられつつ回っているというよりは、太陽が周りの空間を歪めるために起こることになります。

要するに、地球は太陽の周りを曲がって進んでいるのではなく、太陽によって歪まされた空間をまっすぐに進んでいるのです。

その空間のゆがみは物質があるところはどこでも発生します。

ゆがみの大小は様々ですが、太陽でも、地球でも、コップでも、私たち人間でも、物質があるところはどこにでも空間のゆがみが発生します。

これが「一般相対性理論」のシンプルな内容です。

 このアインシュタインの理論による方程式から、いろいろなことがわかってきました。

その一つがブラックホールです。

引用します。

『大きな恒星が燃料の水素をすべて燃やし尽くすと、最後には消えてしまいます。そして残った燃えかすは、燃焼熱によって支えられることがなくなり、自分自身の重みでつぶれて崩壊し、しまいには時空を著しくゆがめるため、そこに生じた文字通りの穴に沈み込んでしまいます。これが有名なブラックホールです。』

 恒星が自分自身の一部である水素を燃やし尽くすと、自分自身の重みでつぶれてしまいます。

自分自身の重みでつぶれてしまったその時に、周りの時空を歪めてしまいブラックホールができてしまうのです。

実はブラックホールは今や、宇宙空間に数百ほど観測されてもいるのです。

 また、ビッグバンもアインシュタインの方程式により導き出されたものです。

 引用します。

『宇宙は静止状態にはいられず、膨張を続けなければならないことが示されました。そして1930年、宇宙の膨張が実際に観測されたのです。

おなじくアインシュタイン方程式は、この膨張が、超高温で超高密度の新しい宇宙の爆発によって引き起こされていることも予言しました。いわゆるビッグバンです。』

 宇宙は膨張しつつ拡大しています。

宇宙を外から見ることが不可能なのに、どうやって膨張を観測したのかは不明ですが、実際に膨張しているのが観測されたようです。

そしてこの膨張はビッグバンと呼ばれる、宇宙の爆発によって引き起こされています。

小さな固まりである宇宙からビッグバンが起こり、徐々に膨張して現在のような広大な宇宙となっているのです。

このように、アインシュタインの理論は様々なことを予言し、証明して見せました。

最後に著者は要約しています。

『つまり、アインシュタインの理論によって、宇宙は爆発とともに誕生し、空間は出口のない穴に沈み込み、時間は惑星に近づくほどゆっくりと流れ、果てしなく広がる星間空間は海面のように並み経っているという、驚きに満ちた世界の様子が記述されたのです。』

 そして、このアインシュタインの理論は「空間と場は同じものである」というひらめきからすべてが出ているのです。

直感力を高める 数学脳の作り方 バーバラ・オークリー ④

では、今回は記憶力の高め方です。

何かを記憶するとき、私たちはただ単にその何かを写真を撮ったように記憶するのではなく、要約したり、抽象化したり、概念化したりします。

例えば本を読んだとして、後日それを思い出そうとするとき、文章の一行一行を覚えていることはなく、「こんなことが書いてあったな」とか「違うあの本と同じようなことが書いてあったな」とか、重要なことや関係性をフックに記憶に残すようになります。

このような情報のことを、著者は「チャンク」と言っています。

『「チャンク」とは、一見ばらばらの情報を意味や類似性などの点から結び付けた情報のまとまりを指す。』

本書のように数学や科学を習得する場合はもちろん、語学や経済学や会社で業務を遂行するときなど、日常のあらゆる場面でこの「チャンク」は重要で使われています。

「チャンク」ができないというのは、例えば何かを勉強するとき、円周率のような意味のない数字の羅列を単に暗記していくようなものです。

その数字の羅列は一つ一つ独立していて、意味のあるものに見えず、興味を失ってしまうでしょう。

ですが、「チャンク」を効率よく使うというのは、円周率を語呂合わせで覚えたり、物語で関係づけて覚えたりするようなもので、それらを一つのまとまった意味のあるものにしていくことです。

何かと関係づけたり、抽象化したりすることによって、物事は記憶に刻まれ、そして使えるようになるのです。

 では、そのチャンクにする方法、つまりチャンキングとはどうすれば良いのでしょうか。

著者は3段階の方法を述べています。

『チャンキングの第一段階は、チャンクにしたい基本概念に注意を集中させることである。第二段階は、チャンクにしたい基本概念を理解することだ。第三段階は、作成したチャンクの利用法だけでなく、どんな時にそのチャンクを使えるのか確認することである。』

 第一段階は、チャンクにしたい基本概念に注意を集中させること。

当然のことですが、集中しないことには覚えられません。

何かをチャンクにするということは、つまり自分の中に今までなかった概念や構造を習得するということなので、片手間でできるものではありません。

 第二段階は、チャンクにしたい基本概念を理解することです。

これも当然ですが、理解しないとチャンクにはできません。

ただ、難しい概念を理解するのはなかなか手間取るものですが、これまでに述べた「集中モード」と「拡散モード」を上手く使えば、通常よりはより早く、より理解できるでしょう。

 第三段階は、作成したチャンクの利用法だけでなく、どんな時にそのチャンクを使えるのか確認すること。

これは重要なことで、何かのチャンクや概念を他に応用できないか、それも全く異なる他分野に応用できないかを考えるのです。

このある概念を全く異なるものに結びつけるというのは、歴史に名を連ねた偉人が多くのアイデアや発想を生み出し、イノベーションを起こした源泉なのです。

また、どんな時にそのチャンクが使えるかもそうですが、どういう場合に利用できないかも知ることになり、それを知ることによって、そのチャンクの全体像の中の位置づけがわかるようになります。

全体像の中の位置づけがわかるということは、それを理解したということと同じ意味になります。

 「チャンク」と関係して、著者は記憶力を高める方法も述べています。

ジョシュア・フォアというジャーナリストがいました。

彼は記憶に関しては、いたって普通の人でした。

私たちと同じように車のキーをどこに置いたか思い出せないこともあるし、恋人の誕生日も忘れてしまうし、温めようと思ってオーブンに入れた食べ物を忘れることもありました。

しかし、彼はそのようなよくあることに思い悩みました。

そのような物忘れやうっかりは私たちによくあることですが、彼はそれに対して非常に不満だったのです。

ある日、ジャーナリストとして、彼は記憶力の達人に取材しました。

話を聞いていると、その達人は以前までは記憶力は平凡だったと回想し、自分が使っている方法は誰にでもできることだと言うことでした。

彼はそれならと思い、その方法を教えてもらい練習に励みました。

2006年のある日、全米記憶力選手権があるということで、取材もかねて出場してみよう思い立ちました。

「まあ、すぐに敗退すると思うけど、選手として出場することで、外部からではなく内側からも取材をしてみよう」とそんな風に思ったのでしょう。

その結果、自分でも驚くことに決勝戦まで勝ち進んでしまい、なんと優勝してしまいました。

 彼が記憶の達人に教えてもらい、練習し試した方法とは一体どんなものだったのでしょうか。

全米記憶力選手権で優勝してしまうほどの方法とはどんなものなのでしょう。

それは、「視空間記憶」を使うということです。

引用します。

『人は生まれながら優れた視空間記憶システムを備えている。(視空間記憶とは視覚系によって知覚される対象やその位置についての記憶を言う)。このシステムを利用した楽しくて覚えやすい方法であれば、反復一辺倒で情報を脳裏に焼き付ける必要はない。それどころか、記憶したい情報を見たり、感じ取ったり、聞いたりすることができるようになる。しかも、この方法では体系的に検索(想起)できるよう情報をいくつかのグループにまとめて覚えるため、作動記憶に負担を掛けず、長期記憶を強化することができる。(略)今も昔も記憶の達人が活用してきたのが、この生来の抜群の視空間記憶力である。』

ではどのようにするのでしょうか。

簡単に言えば、記憶したいことを視覚的に見えるように心の中で映し出すのです。

視覚にそのまま投影するのが難しい物事であれば、語呂合わせを使ったり、連想するものをイメージにしたりします。

 著者は具体的な方法を述べています。

『たとえば、物体の質量(m)に及ぼす力(F)と加速度(a)の関係を示したイギリスの物理学者・数学者アイザック・ニュートンの「運動の第二法則」F=maがある。

この場合Fは飛ぶ(flying)、mはラバ(mule)、aは空気(air)と考え、加速度を受けて「空を飛ぶラバを思い描く。(略)五感を刺激するイメージであれば、感覚を呼び起こすことで概念とその意味をやすやすと思いだす。空を飛ぶラバの場合、加速度を受けて飛んでいくラバが見えるだけでなく、ラバのにおいをかいで、ラバと同じように風圧を感じ取り、ぴゅーぴゅーとなる風の音も聞こえるだろう。」

このように五感をできるだけ使って、視覚的にイメージすることで、ジョシュア・フォアは記憶力選手権で優勝したのです。

また、記憶の宮殿という方法もあります。

この方法は、宮殿、または家の中に覚えたいことを次々と視覚的に配置させ、その宮殿をねり歩くというイメージを持つものです。

これは買い物リストなど、あまり関連のないものを覚えるのに非常に便利です。

著者は書いています。

『自宅の玄関に入ると巨大な牛乳瓶が出迎えるし、パンはソファにポトンと落ち、卵は割れて中身がコーヒーテーブルの端からぽたぽた滴り落ちている。このように覚えておきたい概念を非常にわかりやすいイメージにして勝手知ったる場所を歩き回りながらイメージを収めていくのがコツである。』

巨大にすることと玄関という場所で牛乳瓶を視覚的に見えるようにし、パンはソファで落ちる音まで聞こえ、卵は割れているという感情を刺激する。

そのような自分で作ったイメージの中を歩くという体感をすれば、ただ単に牛乳とパンと卵を買うということを記憶するより、ずっと覚えやすいでしょう。

それ単体だけで記憶するのは困難ですが、何かをくっつけ、五感を刺激し、情報を増やすことで、逆説的に聞こえますが記憶に残りやすくなります。

 本書はこのような具体的な方法がいくつも述べられています。

今日からでも、すぐに使える方法です。

効果的な学習の10のルールというものも述べられているので、最後に挙げておきます。

『1、思い出す。2、自分をテストしてみる。3、解法をチャンクにする。4、間隔反復を試す。5、複数の解法で練習する。6、休憩をとる。7、わかりやすい説明と比喩の効果を利用する。8、集中する。9、厄介な課題から手を付け始める。10、メンタル・コントラスティングで活を入れる。』

 詳しくは本書をお読みください。

 

直感力を高める 数学脳の作り方 ③ バーバラ・オークリー

 直感力を高める、数学脳の作り方、バーバラ・オークリー著の紹介をします。

前回は「集中モード」と「拡散モード」の移行が重要だというお話をしました。

そして、その「集中モード」と「拡散モード」をスムーズに移行するコツは、脳が取り立てて考えないようになるまでべつのことをすることなのです。

その別のことは精神を集中しなければならないものではなく、散歩や掃除や運動などが良いということでした。

では今回は先延ばしを防ぐ方法です。

結論から言うと、先延ばしを防ぐ方法は3つあって、1つはやる気を出す方法、2つ目はポモドーロテクニック、3つ目はスケジュールを作る、です。

では一つ目やる気を出す方法です。

いつもと違って今日は気分が乗らない、という日はもちろんあるでしょう。

やる気が起こらない時も、勉強するのが憂鬱な時ももちろんあります。

特に苦手なことをやらなければならない時は、そのようになりやすい。

そしてそれはずるずると先延ばしにしてしまいます。

それを先延ばしにして意識に上らないようにし、期限や締め切りが近くなると急に慌てだす。

これは誰でも経験があることだと思います。

もちろん、そのような時は良い結果が生まれません。

集中モードと拡散モードを行ったり来たりするためには時間が必要だからです。

一度きりの往復であれば、そうたいしたものは出来上がりません。

ましてや、集中モードだけで乗りきようとするのは愚かなことなのです。

その場しのぎでは良い結果は生まれません。

ですがこのようなことを仕方がないからといってあきらめる人もいれば、先延ばしにしないように自分をコントロールする人もいます。

では、そのような先延ばしを防ぐ方法はあるのでしょうか。

著者は言います。

『勉強を始めようとすると多少、憂鬱になるのは自然なことだ。問題は、そういった否定的な感情をどう扱うかである。ある研究では、ずるずると引き延ばさずにさっさと始める人はマイナス思考を追い払い、次のように自分に言い聞かせている。「時間を無駄にしないで、やるべきことをやろう。一度取り掛かってしまえば、気分が良くなる。」』

 実際、やる気というものはやる前にはあまり起きません。

それはやった後になって、はじめて起きるものなのです。

行動を起こすからやる気は出てくるのです。

これは脳科学でも実験されており、やる気と関わるのは脳の淡蒼球という部位です。

この淡蒼球が出す信号が私たちのやる気と関わっているのです。

そして、その淡蒼球を活発にするためには、身体を動かしたり、実際にそれをやったり、行動をするしかないのです。

要するに、やる気なんてものはいらないのです。

やりはじめたら、やる気は湧いてくるのですから。

とはいえ、初めの一歩がかなり困難なのはわかります。

何をするにしてもやってしまえばやる気が出るという経験が少なければ、最初の一歩はとてつもなく高い壁に見えるでしょう。

これにはポモドーロ・テクニックを活用するのが有効かもしれません。

 では引用します。

『やるべきことにさっさと取りかかれる秘訣を挙げよう。まず、邪魔になりそうな音や映像、ウェブサイトを消し、携帯電話の電源を切る。次にタイマーを二十五分にセットし、二十五分間みっちり課題に集中する。その際、時間内に終えられるだろうかとやきもきする必要はなく、せっせと励む。二十五分経ったらインターネットのサイトをあちこち見て回ったり、携帯メールなどをチェックしたりと好きなことをして自分に報酬を与える。自分の努力に報いることは、課題に取り組んだことと同程度に重要である。二十五分間の集中的作業がいかに実り多いかびっくりするだろう。とりわけ課題を片付けることに専念するのではなく、課題そのものに意識を集中すると好結果を生む。作業時間が二十五分間単位の時間管理術を「ポモドーロ・テクニック」という。(略)二十五分間の勉強を一日に少なくとも三回繰り返す。』

 まずは邪魔になるものを見えないところにおいておきます。

携帯は電源を切ってもいいですし、逆にそれが不安になるなら手の届かないところにおいておきます。

そしてタイマーをセットし二十五分間、これに集中すると決めます。

重要なのは二十五分が終わったら自分がやりたいことをするということと、作業を終わらせようと考えるのではなく、作業に集中しようと考えることです。

二十五分間、集中した後にやりたいことができると考えられたら、その二十五分間のモチベーションが上がります。

また、作業を終わらせようと考えるのではなく、作業に集中しようと考えることはとても重要です。

終わらせようと考えると「本当に終わらせられるか」「時間が足りないんじゃないか」とか余計なことを考えて気が散ってしまいます。

ですが、集中しようとすると今、現在のことだけを考えることができ時間を忘れることができます。

過程を考えるのではなく、目の前のことを考える。

未来を考えるのではなく、今、ここをどうするかを考えるのです。

 また、スケジュールを作るのも先延ばしに効果があります。

 では引用します。

『まず、これから二週間、週の初めにその週の目標とする課題を書き出してみる。次に、この週間目標を基に翌日の目標とする課題を四~十項目ほど選んでリストに載せる。リストには当日の終了時刻も忘れずに書いておく。翌日から課題を一つ仕上げるたびに当該項目に線を引いて達成感を味わおう。分量の多い課題は三つ程度に分けると、やる気が持続する。』

 スケジュールをつくれば、「今日は何をやったらいいか」、「何をやるべきか」と考えあぐねる精神エネルギーを使わなくて済みます。

こつこつと今日の分を「ポモドーロ・テクニック」も使って積み上げていけば、いつもより相当作業が進むことがわかるはずです。

今日は何をすればいいか、そのリストを見てやりはじめ、作業が終われば線を引いて消していくと、達成感も味わえます。

 スケジュールを作ることは、さらにもっと良いことがあります。

『前日に課題リストを書き出すと睡眠中に脳はリスト中の項目に取り組み始めるため、本人は課題をどう仕上げるかがおぼろげにつかめる。しかも、前日の晩に課題リストを作っておけば、当日、「ゾンビ」(脳の機械的・習慣的反応)がその気になり、リスト中の項目を消化できるよう協力してくれるのである。課題リストを用意しないで翌日、課題に取り掛かると作動記憶がフル回転する羽目になる。』

 前日のうちに「明日何をやろうか」と決めておけば、無意識のうちに脳の中でその作業を遂行し、整理してくれます。

これも一種の拡散モードです。

そうすれば、次の日実際に取り掛かるとき、効率よく作業が進むことがわかるはずです。

 

直感力を高める 数学脳の作り方 バーバラ・オークリー ②

 イギリスの文豪であるチャールズ・ディケンズジェイン・オースティンなど、または哲学者であるカントやルソー、ニーチェなど、創造的な仕事をした偉人は散歩を日課にしている人が多いです。

その散歩中に偉人たちは重要なアイデアや着想がひらめいたということはよく知られています。

これも前回に話した「拡散モード」への移行によって、創造的なアイデアが出てくるということなのです。

このような偉人たちのほとんどはそうなのですが、特にカントは、彼が散歩をして通りを歩いていると、それを見て周りの人は時計の針を直したと言われるほど、毎日規則正しい生活をしていたようです。

一見、このようなルーティンは独創性とは正反対のように思われますが、実はルーティンだからこそ創造的になりやすいのです。

人とは違った発想をするために、人とは違った経験をしたほうが良いと考えるかもしれません。

確かに、それはその通りでしょう。

しかし、人とは違った体験や経験をするには、毎日違った、波乱万丈な、変化の起伏の激しいライフスタイルを渇望し行動する必要はなく、むしろ決まりきったルーティンをするほうが良いのです。

なぜなら、いつも変化を求めていくライフスタイルでは、自分の生活が飽きないように行動すると思うのですが、「生活が飽きないようにする」ということ自体が定型化されてしまうからです。

要するに、変化を求める人というのは、その一つ一つの行動に「すぐ飽きてしまう」という性格を持っているのです。

すぐ飽きてしまうから大きな変化を求めるのです。

そして、「すぐ飽きてしまう」ということは、その経験自体を深く自分のものにしたり、血肉化したりできないということではないでしょうか。

逆に、カントのように決まりきったルーティンをする人は、同じことをしていても微妙にいつもと違うことを感じ取ることができます。

全く同じ一日ということはもちろんないのですから、その中で差異を見つけることができるのです。

同じことを繰り返しているからこそ、違いがわかるのです。

一方、変化にとんだ生活を熱望する人は、もとになる対象がないため、それぞれの差異が判別しづらく、変化に鈍感になるのではないでしょうか。

 さて、「集中モード」と「拡散モード」のお話でした。

創造的な仕事をした偉人は散歩を日課としていることが多く、その散歩中に重要な着想を得ていました。

 著者は言います。

『集中モードから拡散モードへの移行はごく自然に起こる。たとえば、数学や科学の勉強にひとくぎりつけて散歩やうたた寝をしたり、ジムで運動したりと気晴らしをしているうちに集中モードから拡散モードへ移っていく。あるいは、音楽を聴いたり、スペイン語の動詞を活用させたり、ペットのハムスターのケージを掃除したりすると集中モードの時とは違う脳部位が関わることになるため、拡散モードに転じやすい。コツは、脳がとりたてて考えないようになるまで別の作業をすることだ。一般に集中モードから拡散モードに映るには数時間かかる。そんなに時間が取れなければ、奥の手を使おう。別の課題に焦点を切り替えて取り組み、リラックス・タイムをしばし挟むのである。こうすれば、拡散モードの状態に入っていく。』

 拡散モードに入るコツは、何かに集中してその後にそれを考えなくなるまで別のことをすることです。

散歩をしたり、コーヒーを飲んだり、掃除をしたり、ご飯をつくったり、音楽を聴いたり、できればあまりそのことに集中しなくてもいいような、リラックスできて、身体を動かす方法が良いようです。

家事はとてもいいのではないでしょうか。

家の中がきれいになり、物が片付いたことで気持ちがすっきりし、思考も拡散モードにはいてくれます。

昼寝をするのも拡散モードの移行にはいいようです。

トーマス・エジソンは厄介な問題にぶつかるとうたた寝をしたと言われます。

椅子に座って床に皿を置き、ボールを手に持ったまま目を瞑るのです。

リラックスして今まさに眠りに付こうかというときに、手からボールが離れ皿にぶつかる。

大きな音を立ててボールと皿がぶつかったときにエジソンは目を覚まし、拡散モードで得た思考を拾い集め新たな取り組み方を練り上げたのです。

画家のサルバドール・ダリも同じようなことをしています。

彼も椅子に座り手の間にスプーンを挟んでそれが落ちる音で目を覚まし、拡散モード時の新たな視点を手に入れ、創造的な仕事をしました。

散歩、家事、うたた寝は拡散モードへの移行ツールなのです。

 もちろん、その前段階の集中モードは非常に大事です。

しかし何時間もずっと集中するのは効率が悪いのです。

それは全速力で走っているようなもので、時には休憩を入れないとスピードが落ちてしまいます。

集中も同じで、時には短い休憩を入れないと、精神だけが消耗して集中は途切れてしまいます。

著者は書いています。

『何よりもまず問題を理解するには、集中モードの力を借りなければならない。そのためには十分な「注意」が不可欠であり、問題に最大限意識を集めて考える。この種の思考に必要な精神エネルギーである自制心はたっぷりあるわけではない。エネルギーが少なくなると、数学の勉強は中断して急にフランス語の語彙を覚え始めるというように別の集中型の課題に飛び移るかもしれない。しかし、集中モードが長引くほど精神的エネルギーは乏しくなる。脳のウエイトリフティングを長々と続けているようなもので、エネルギーは枯渇寸前だ。そういう時には集中するのをやめて運動したり、友人と話したりするなど短い休憩を挟んで拡散モードに移ると気分が一新する。』

 

直感力を高める 数学脳の作り方 バーバラ・オークリー ①

直感力を高める、数学脳の作り方 バーバラ・オークリー著の紹介をします。

本書は2014年にアメリカで発刊されると瞬く間にベストセラーになり、世界10か国以上で翻訳された本の訳書です。

原著の題名、「数字に強くなる考え方―数学と科学に抜きんでる法[たとえ代数で落第点を取ったとしても]」という文字通り、数学と科学を主に念頭に置いて、それの勉強の仕方、マインドセットなどを具体的に詳しく述べられています。

ですが、それだけではなく、記憶力を高める方法やアイデアを出す方法など、数学や科学以外にも使える、普遍的な勉強法も紹介されているのです。

ですので、数学や科学を勉強しなおしたいという人にはもちろん、記憶力をよくしたいだったり、会社で使える実用的なことが知りたいだったり、良いアイデアを出す方法を知りたいだったり、様々なことまで幅広く応用できるのです。

さらにそれだけでなく、そのような知的営みに対しての基礎を堅牢で強固なものにするための方法も紹介されています。

知的営みの基盤がしっかりとしていればいるほど、より私たちが実生活で有益なことができるのは当然です。

例えば高い建物には土台を支えるために、土の中を深くまで支柱を埋め込んでいくように、私たちの知的生産をより豊かにするためには、その基礎をがっちりと固めなければなりません。

基礎をがっちりと固めるためには単に時間をかけるだけではなくて、科学的なデータに基づいた勉強法をするに越したことはありません。

そのような科学的なデータを駆使しながら、本書は説得力のある勉強法を紹介しています。

 本書には数多くのポイントがあるのですが、私が特に有効だと思うものを挙げていこうと思います。

 まずは「集中モード」と「拡散モード」です。

『今世紀初頭以来、神経科学の脳研究は目覚ましく発展し、脳は非常に注意深い状態とリラックスした安静状態の二種類のネットワークを適宜切り替えていることがわかってきた。この本では前者と関係のある思考モードを「集中モード」と、後者の場合を「拡散モード」と呼ぶことにしよう。』

「集中モード」とはその名の通り、脳が集中している状態、「拡散モード」はそれに集中をしていないがぼんやりと考える状態、といったところでしょうか。

ぼんやり考えると言ってもそれは意識的に「ぼんやり」と考えるのではなく、無意識に脳の奥のほうで考えているような状態なのです。

散歩していたり、リラックスしていたりするとき、突然、今までずっと考えていた問題の解決法がわかったり、アイデアが生まれたりしたことはないでしょうか。

それは「拡散モード」が生み出した功績なのですが、これは自分の中にもう一人の別の自分がいるようなものです。

一人は集中して問題を考えている自分です。

これは「集中モード」と呼ばれます。

もう一人は集中をした後に、散らばった思考の破片や断片を集めて整理し、まったく別の思考や問題とを関連させながら無意識で考える自分です。

この無意識の自分が働いているときを「拡散モード」と著者は呼んでいます。

古来から馬上(ばじょう)、枕上(ちんじょう)、厠上(しじょう)という言葉があります。

これは考え事をするのに適した場所のことで、要するに馬に乗っているとき、寝ているとき、トイレにいるときが、一番良いアイデアが出るということです。

馬上は、現代でいえば車に乗っているときや、電車に乗っているとき、散歩しているときなどでしょうか。

馬の上、枕の上、トイレにいるとき、私たちは特に何を考えることもなしにぼんやりしています。

そのぼんやりしているときに、ふと今まで思い悩んでいたことや、考えていたことの解決策が出てくることが多いのです。

風呂の中で「エウレカ」と叫んだアルキメデスも、おそらくぼんやりと考えていたのでしょう。

昔から「拡散モード」の重要性は認識されていたのです。

この「拡散モード」に入るための重要なことは徹底的に「集中モード」を通り抜けることです。

何分も、時には何時間も「集中モード」に入った後ではないと、「拡散モード」の特徴である「無意識に考えることもなしに考える」ことができないからです。

拡散するためにはその対象が必要なのですが、その対象を得るためには集中することが必要になるのです。

 このように「集中モード」と「拡散モード」はどちらも私たちが勉強したり創造力を発揮したりするときには重要になります。

どちらか一方というわけではなく、どちらも必要です。

そして、より難しい問題を解決したり、より独創的なアイデアを出したりするときは、この「集中モード」と「拡散モード」を行ったり来たりする必要があります。

「集中モード」から一度「拡散モード」に行って終わりなのではなく、何度も何度も往復する必要があります。

まずは「集中モード」によって対象を論理的に考え、「拡散モード」でひらめきを得ます。

その「拡散モード」のひらめきから「集中モード」でまた論理的に考え、そしてまた「拡散モード」で処理していく。

この二つのモードを繰り返していくことで、私たちの創造性は発揮されるのです。

そしてこれを繰り返すということは、そこには時間が必要になる、ということです。

ですので、例えば報告書の締め切りが2週間後という場合、「まだ時間があるから」とつい先延ばしてしまいますが、好結果を得たいのであれば早めに手を付けて「集中モード」にするのが一番です。

そうすれば後の「拡散モード」と「集中モード」への行き来する時間が得られるのですから。

そしてこの初めの「集中モード」では完成度を求めないほうがいいです。

完成度を求めてしまうと些細なことで思い悩んで先に進まなかったり、次に「集中モード」に入るのが億劫になってしまいます。

初めは全体像をつかんでどこが難しくて、どこがわからないかといったことをつかむことが重要です。

それから脳を「拡散モード」に移行させて、ひらめきを待ちます。

良いひらめきが出なくても、脳の中では無意識に思考しているのだと信じて、また「集中モード」に入る。

そのように繰り返していけば、良い報告書が書け周りの評価も上がるでしょう。

 本書を引用します。

『「集中モード」と「拡散モード」の違いは、懐中電灯を考えるとわかりやすい。懐中電灯の光を狭い場所に集中させて遠くまで照らし出すこともできれば、弱い光ながら広範囲に投げかけることもできる。前者が集中モードの、後者が拡散モードの状態だ。

 概念でも問題でも未経験の事柄を理解したいときは、正確さが第一の集中モードをオフにして「大局的な」拡散モードをオンにし、好結果を生む新しい取り組み方を手に入れよう。脳に銘じれば拡散モードがオンになるわけではないものの、コツを呑み込むと集中モードと拡散モード間の移行がスムーズになる。』

 できるだけ意識的に「集中モード」と「拡散モード」の移行ができれば、それだけ有利になるのは当然なのです。

ではどうしたらその二つのモードの移行はスムーズになるのでしょう。

コツとは一体どのようなものなのでしょう。